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あまりみっともない死に方はしたくない、との感情がある。
自らの死を尊厳あるものにしてほしいといい、延命のみの医療を拒否するとのリビング・ウィルは、形式は確かに新しいものに見えるが、その内実の心理はむしろ日本社会の「恥の文化」に立脚しているというのが私の考えである。
六十五歳以上の老人で強く尊厳死を望む人たちに、この死を望むに至ったプロセスを確かめていくと、最後には「みっともない死に方はしたくないからなあ」と他人の目を気にしたいい方に落ち着いていく。
それはいいとか悪いとかの問題ではない。
尊厳死本来の意味と異なるとか異ならないという意味でもない。
終末期医療の死から逃れるために、この概念を借用しているというのが実際の姿なのである。
では十年後、つまり西暦二〇〇五年ごろの高齢化社会はどうなっているか。
尊厳死はどのように受けとめられているか。
厚生省のヒューマンサイエンス振興財団は、各分野の研究者百八十三人を対象に「ヒューマンサイエンス基礎研究の将来動向調査」を行ない、その結果を発表(平成四年十月)しているが、それによればがんの転移の仕組みや、がんの遺伝子、その抑制遺伝子が解明されるのは二〇〇一年から二〇〇五年という。
がんの遺伝子治療が開発され、がんの転移を抑える新薬なども実用化されるだろうとの予測だ。
エイズの根本的な治療薬も二〇一〇年ごろまでには開発されているともいう。
老人性痴呆症にはアルツハイマータイプと脳血管性タイプがあるが、日本人には圧倒的に脳血管性タイプが多い。
脳卒中の発作のあとなどに起こるのだという。
高血庄防止薬などを中心にした薬物療法が一般化するので、それで抑えられるというのだが、アルツハイマーに限っては現代医学にとってもっとも厄介な問題であることには変わりはない。
その克服は二〇一五年ごろが目処であり、そのころまでに治療薬ができるだろうという。
こうした予測が当たるか否かは断言できないが、ひとつの目安にはなるであろう。
二〇〇五年ごろの高齢化社会では、現在の疾病のうち、心臓疾患とアルツハイマーなどの痴呆症が依然として解明されていないということになる。
がんはある程度克服されると思われるが、それとて死因のワーストスリーにはいっているのではないだろうか。
私は十年後に高齢化社会に足をふみいれようとする年齢なのだが、私自身はそのような時代に尊厳死を望むだろうかと考えてみる。
現在も、私は尊厳死を望んではいるが、しかし自分のその心哩にある尊厳死への傾斜は、個人、※義というより前述したような「恥の文化」の延長ではないだろうかとも思う。
私の世代が高齢化社会にはいったとき、現在、高齢化社会にはいっている老人たちとはそれほど大きくは変わらないと考えられる。
太平洋戦争が終わったときに少年期であった世代が、主流になっているわけだが、彼らも「死」についてはきわめて微妙な状況にある。
まだ自覚した意識をもつ前に「死」を強要された。
その後は、「死」を否定され、そして「死」を見ることもなく人生を送った。
私の世代もまたそうであった。
死は観念として、強く心に刻まれているが、その実態についてはあまり知らないということだ。
そのために、尊厳死をきわめて説得力をもつ観念として捉え、「あまり苦しんだり、家族に迷惑をかけて死にたくない」とか「尊厳ある死」といったイメージで捉えるだろう。
戦後民、手王義の最大のイデーであった「人命尊重」の終結点として死が捉えられ、死に対する自らの見解もまた尊重されるのが「人命尊重」であるといういい方がされるだろう。
だがその本心は依然として、「恥の文化しに引きずられていると思える。
現在から二十年後、統計の上では高齢化社会は頂点に達することになる。
国民の四人に一人は六十五歳以上の老人になっている。
つまり昭和二十年代半ば生まれまでの世代が、老人になっている。
いわば団塊の世代が老人の仲間に入るわけだ。
この世代も、私の世代と同じように死を観念として捉えるだろう。
実際に死を見ることは少なかった世代だからである。
二十年後の高齢化社会は好むと好まざるとにかかわらず、旧来のモラルと新しい亨フルが相克を起こしているだろう。
疾病の内容も死因の順位も変わっているだろうし、新たな不治の病が生まれているであろう。
地球の環境破壊を原因とする疾病がふえているというのが近未来を予測するシンクタンクのスタッフの考えでもある。
あるいは戦争などの人為的な破壊活動が生まれているかもしれない。
実際にはどのような時代になっているかを考えることは不可能だといっていい。
尊厳死を論じる時代環境にないとは思いたくないが、そういう状況が予測されないわけではない。
こうして将来の高齢化社会を予測してみて、すぐにわかることは、「自分の死」はどのような状況で迎えることになるか、予想がつかないということだ。
社会や歴史は自らの意思を越えて動きつづけるわけだが、そこで自分がどのように死ぬか、あるいは死ぬべきかは個人の判断だけで決められることではない。
むろん自分は、このように死にたいと思っている、こういう状態になったら生は欲しない、との意思表示をすることは可能である。
だがそれを社会や他者が受けいれてくれるか否かには判然とした答えがでてくるわけではないのだ。
リビング・ウィルを残す、医療の現場で患者の自己決定権が尊重される、しかし、それらの意思を残しても、他者の手を借りなければならない。
他者の手を借りることを拒否すれば、自殺という手段以外になくなる。
尊厳死運動も安楽死運動も、常に自殺とはどう異なるか、という論と徴妙にからみあって論いしられてきた。
日本人の歴史では、自殺を特別に罪悪視することはなかった。
といっても自殺が他国に比べて多かったというわけでもない。
これまでも「病を苦にして」とか「病のために世をはかなんで」といった理由での病人の自殺に寛容だったのは、無意識に積極的安楽死を許容する社会であったのかもしれない。
現在、日本で尊厳死を考える場合には、その歴史、文化、倫理、そして「死に対する考え方」などを含めて、すべてが問い直される時期にあるということだろう。
日本人が無意識に許容していたり、死についての潜在心理なども改めて見直すべきだろう。
尊厳死という手段だけが独立して存在しているわけではなく、それは日本人総体の中から選び抜かれた「死の選択」であるとの認識が必要ではないかと思われるのだ。
文化人類学者の九州芸術工科大学教授波平恵美子や一部の宗教学者が説いているが、死には三通りの死があるという。
一人の人間の死、それは一人称の死、二人称の死、三人称の死、を意味する。
つまり自分の死、家族が受けとめる死、そして他人が受けとめる死というのである。
死というのは、自分だけのものではなく、社会的な意味をもつということだ。
生物の個体としての死、社会習俗としての死、の二つをもつというわけだが、社会習俗三人称、三人称)が受けいれることによって、生物としての死が確認される。
他者との関わりによって死が確認されていくというのは、どの民族ももっている習慣だと文化人類学者はいっている。
波平は日本人は生の世界の中に死者が占める位置を与えてきたと説く。
死を抽象化して語るのではなく、死者について語り伝えるということで、死の文化の儀式を発達させてきたと解析する。
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